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    ”ベルリン・ドレスデンへの旅” 

 
先日ベルリンとドレスデンへ出かけました。主な目的はいつもどおり本場のオペラを聴くことでしたが,これもいつもどおり”副産物”としての

さまざまな感動を味わって帰りました。
 ドレスデンでは『トゥーランドット』。この作品はプッチーニの作品ですが実は未完の作品であり、彼自身の作品としてはリューの死までであり、

これが悲劇の物語であることはつとに知られています。遺児の求めに応じてプッチーニの友人であるアルファーノがメモをもとにこれに筆を

加えてハッピーエンドの物語に仕上げましたが、音楽的にはプッチーニの音楽をモディファイさせて終局に至らせています。

初演の日トスカニーニがリューの死の場面で一旦棒を置き作曲者はここで亡くなりました、と告げて幕を下ろさせ、あらためて幕をあげてその後

を演奏したのは有名なお話です。
 DVDなどで出ているものはほとんどがハッピーエンド作品ですが、この夜の演出はまことに珍しくリューの死をもってパタッと終わる小気味の

良いものでありました。1時間半に凝縮されたオペラはむしろそのゆえに小さな宝石のように輝いて見えました。

特にリュー役の黒人歌手が素晴らしい。(どの演奏でもリューの歌唱が目立ちますが、歌が聴き手を感動させるように作られているのかもしれませんね)


演奏は例のトゥーランドットのテーマである"山
のお寺の鐘〜”もけれんみなく聴かせてくれて
楽しかったしカラフの”誰も寝てはならぬ”に
も陶酔できました。ただし肝心のトゥーランド
ットが声、容姿ともいまひとつでした。まあオ
ペラにはよくあることですが。
 終演後石畳の広場に立ちゼンパーオパーを振り
返りこの夜の感動をあらためて確かめました。


                          
 
ベルリンではフィルハーモニー小ホールでアルバンベルクのモーツアルトを聴きました。ハイドンセットと言われる名曲集の第二曲、唯一の短調の

曲に心を奪われました。ああこんな素敵な曲だったんだ、一緒に弾いてくださったヴァイオリンのEさん、I君、チェロのKさん、ごめんなさいね、と心の

中でお詫びしながら感動して聴いてました。
 この日の圧巻はバルトークでした。冒頭のヴィオラのソロ(新しいメンバーのイザベル・カルシウスさん)はまさに”琴線に触れる”ものでした。
シュターツオパーでは『ノルマ』。美しい数々のメロディに満ちたこのオペラは大好きです。まず序曲からすでにホールの響きのよさに驚きました。

シンフォニーを聴いているような豊かな気持ちになりました。CDで聴く”ベルリン”の名演はこのホールの響きの中で生まれているのだと、悟りました。

第一幕では『清らかな女神よ』のノルマに酔いました。心にひたひたとしみいるようなカバティーナから後半の心が激しく揺れ動くカバレッタへの見事

な移行。文句のつけようのない声、演技でした。
 ポリオーネってふしだら男の典型みたい(ドンジョバンニを引き合いに出すまでもなく、『リゴレット』のマントヴァ公爵とか
『フィガロ』の伯爵とか、つまりヨーロ
ッパ人のアイデンティティーは世評や風
習などにとらわれない断固とした自我の
確立にあるってことでしょうかね、真似
してみようかな)けどアダルジーザを加
えた三重唱は聴きものでした。それとオ
ペラの序曲や間奏曲にはよくチェロの独
奏が効果的に入ってきますね。思い出す
のは『ドン・キショット』の感動的なソ
ロですが、このオペラの二幕目の冒頭に
も美しいチェロのソロが設えられていま
す。いいな、チェリスト・・・。ヴィオ
ラにはあんまり気配りされてないものね。
 それにしてもこのオペラをナマで見ら
れて幸せでした。ナマはやはりいいです。
 
 冒頭に書いた"副産物”のうち、ひとつはドレスデンという町が味わった歴史的悲劇(連合軍の無差別爆撃による何万にという市民の死と歴的建造物

の完膚なきまでの破壊)を知ることができたことです。

また最近話題になってテレビでも放映され「世界最大のパズル」と言われたフラウエン教会が、瓦礫を一つ一つ元あった場所へ収めて再建するという

途方もない計画が実現した直後に居合わせ、30万個の旧石とそれに合わせて削合された新石とのまだら模様のモニュメントを目の当たりにすることも

出来ました。
 そのふたつめはベルリンという町が持ち続けてきた「宿命」について、いかに無知であったかを思い知ったことです。

3000余名を収容できる核シェルターは冷戦時代の記録として未だに破棄されずに世界の人々に公開されています。これが現実に役立つ日が来ないこと

を祈りながら息を詰める思いで見て回りました。

地下にあるシェルターの一階部分はまさにベルリンの歴史館といえるもので、ヒットラーのアジ演説、軍靴の音などの前線のすさまじいまでの音声記録、

各時代の世相(町の喧騒などの音や映像、実際の遺物)、ベルリンの東と西の生活の有様を設えた部屋(テレビの映像は西のそれは娯楽番組であり、東側

の部屋には政府の広報を流している)、分裂時代の壁周辺の悲劇の記録などなどが息苦しくなるほどに詰め込まれています。
 特にブランデンブルク門近くにある、かつてナチスが殺害したヨーロッパのユダヤ人のための広大な記念墓地としての石碑群には、彼我の国の歴史

認識のあまりの大きさに途方に暮れる思いにさせられました。

                                                            

シェルターの寝台
 
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