§ 言葉を贈る
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彼女がひとりで歩いているとむこうから紳士がやって来る。彼女とすれ違いざま紳士は感に堪えない調子で言う。「いやア実に知的な美人だ」。通り過ぎてから紳士、「これで世の中明るくなります」。通り過ぎてから彼女、道路で小僧さんに誤って水をかけられても「いいわよ、いいわよ」、家に帰ってから彼女、「お父さん、肩揉みましょう、みんなにはホットケーキ作ってあげるわ・・・・」
漫画「サザエさん」のひとこまです。紳士は見知らぬ女性に「言葉」を贈り、ひととき彼女を幸せな気持ちにさせました。そして彼女の周囲の多くの人も愉しい気分になりました。言葉の持つ魔力というべきでしょう。
ところでふつう話し言葉というと文字を文章として書き綴る場合と違って、ひとことひとことを選んで吟味しているゆとりが十分ありませんから、ついぞんざいに扱われがちです。ときにはたったひとことが凶器となって相手の心の奥深くぐさりと突き刺さることもありますし、感情を制御できないまま皮肉や非難がましい言葉を発し、相手を悲しませたり怒らせたりすることもあります。
最近ふとしたことから大変美しい言葉を話す人に出会いました。しかもよく選び抜かれた言葉の内に限りなく優しい心が見え隠れします。それは天性のセンスかもしれないし、幼少時のご両親のはぐくみ方によるものかもしれませんが、いずれにしても私は言葉とはその人の現在の心のありようを正直に映し出すものだと思っています。若くて容姿も美しい人ですが言葉の美しさでいっそう輝いて見えます。人はこういう出会いを求めて旅をしているのかもしれません。
よくご存知の、あの良寛さまに『戒語』というご本があって、その中に「すべて言葉はしみじみと言ふべし。言ふたことはふたたび帰らず」という一節があります。本当にそのとおりです。
言葉をもっと大切に扱いたいと思います。ひとつひとつの言葉に自分の思いのすべてをこめて、ひとつひとつの言葉をやわらかなオブラートに包んで話し相手に贈ってあげたいものです。
そうするには相手に対する優しい気持ち、思いやりの心が必要です。自分を相手の立場におくことで、投げかけられる言葉を吟味することができます。そのとき言葉は翼をつけて、あなたの優しい心を話し相手のもとまで運んでくれます。
そしてもし話すことに疲れたら、もし言葉がぞんざいに扱われているなと感じたら、積極的に黙ってみることも大切です。
マックス・ピカートという人が「沈黙は言葉がなくても存在し得る。けれど沈黙なくして言葉は存在し得ない。もし言葉に沈黙の背景がなければ、言葉は深みを失ってしまう」と言っています。
黙ることの大切さを知る人ほどしみじみとした物言いをするものです。
おしまいにさきほどの良寛さまの文章をもうすこしご紹介しましょう。
「{慎むべきは}言葉の多き、口のはやき、かしましくもの言う、問わず語り、さしで口、手柄話、人の物言い切らぬうちに物言う、腹立てる人にことわり(理屈)を言う、腹立ちながら物言う、人の気色みずして物言う、物知り顔に話す・・・・・・・・・・・・」
思い当たることのない人います?
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