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§ 血天井と比叡山 § 


 
関が原の戦いの寸前、伏見城に立て籠もった徳川方の重鎮鳥井元忠以下千二百余名の武将が、その落城の際割腹し果てた廊下の板をそのまま天井に使ってある寺が京都にいくつかある。東山の養源院や洛北西賀茂の正伝寺などである。
 血塗られた人の形を明瞭に残す床板を天井に使うという凄惨な事実と奇抜な発想にもかかわらず、ではなくてまさにそのゆえにそれは厳粛であり穏やかでさえある。
 養源院のそれは宗達の襖絵に同化して芸術的に見事に高められている。正伝寺のそれは芸術的というのではなく宗教的である。南天に北極星を識るの術、これが禅であるという人がいる。正反対の面を求め究めて、元のものを知る。他人の心に己を見るの極意であろう。
 血天井の真下に座って澄明な庭を見る。人はここでいかなる北極星を識るであろうか。その庭は白壁に囲まれている。目を正面遠方にやると比叡山が聳えている。その場景を思い浮かべるとき常にある感動に襲われる。それは人生の一こまというより人生の全風景である。
 私たちは誰しも理想を持つ。私たち自身は相対的存在だが理想は絶対である。血天井、廊下、庭、塀これが現実。白壁は生の絶対と同時に死の絶対を意味する。人はこの外に出られない。比叡山、これが理想。大事なことは叡山がこの庭の”借景”になっているということだ。人生について考えるとき、これは衝撃的である。

 この寺についてこんな風に解説した人はいないかもしれないが、ぼくはこう感じて、同時に昔の人の心のゆとりと精神の深さを想った。

 この縁に座るとき思うことは、人には考えるにふさわしい場所があるものだ、ということだ。誰もいない寺に数時間を過ごす。あるのは静寂というよりも沈黙である。沈黙とは高められた音楽のことである。初春のある一日は壮大な自然のシンフォニーを響かせながら暮れていく。その中で人生とか愛とか絶望とかいったやくざな言葉でものを考えたりしていると、ふとまったく突然に、自分の生涯で(そして誰の生涯でもそうであるように)、本当に本質的なものにだけかかわって生きていく勇気を持ちたいと、と思ったりするのである。
 ちなみに養源院、正伝寺、こうした寺には観光バスはとまらない。

 

 

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