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   § 石寒太先生と金原亭馬生師匠と行く §
    「江戸吟行ツアー」黙阿弥風          随伴記      

さてさて炎環花筵 しゃしゃり出ました粗忽者 言はれて名乗るもおこがましいが名乗らず語るはなおのこと 俳句始めて六カ月 炎環歴は数か月 炎環阿佐ヶ谷ナイト会 さては新宿若葉会 その末席を汚しつつ 浮世の罵声を浴びせられ いつ退き下がっても悔いは無しと 腹をくくって 五七五 懲りても懲りても通いつめ 作った俳句は五百の余り、捨てた俳句は千を越え そりゃ勘定が合いませぬと 呆れた声を聞かばこそ 句会の後の飲み会の 寒太主宰の肉声が 酒代払えば聞けるという それが魂胆の数か月 まだ干されもせず居らるるを 図々しいのを通り越し 知らぬ顔しておりまする。 
閑話休題この辺で 本題へとは入りましょう。 己丑年弥生の月半ば かわら版旅行社の主催なる江戸の吟行ツアーへと 旅は嫌いでなけれども生来内気で人嫌い まして団体バス旅行 齢六十路を越へまして 初体験ではありました。それというのもこのたびは俳人寒太先生と 落語家馬生師匠とが同舟なさる夢話 馬生といえば先だって 半蔵門の劇場で 鹿芝居(“噺家芝居”をつづめたもの)の「らくだ」にて 師匠の熱演を拝見し すっかりファンになりました そんな師匠の一席を身近で聞けるこのチャンス これを拾はずおかれうかと 勇を鼓しての旅でした。朝日も霞む春の空 今にも空が涙する そんな風情の朝でした。

つめてえ風も寒太師と二つ目馬治と同じバス 心持よくうかうかと 浮かれからすの 心地して次から次のお笑いで 時の経つの(辰野)は遠けれど ここは上野か浅草か 花はつぼみの乙女頃 年の頃なら十六八、“七”はどうしたと聞かれれば“質”は先月流したと 浮かれからすはどこまでも 浮かれ浮かれて不忍の 池のほとりに辿りつき 馬治の問ふて言うことにゃ ここは明治の時分には まだ池でなく不可思議で 信じがたきものでした さてそれは何なりや と問はれるままに見回せば ここはまさしく競馬場 信じがたきと思へども思ふがままに答へれば よくぞ当たりし扇の的 那須の与一の再来かと 褒められたことではありまして 褒美の手拭いただきました こいつぁ春から縁起がいいわぇ。 

さてその後に訪ひしここは小日向還国寺 かの古今亭の志ん生とその子馬生・志ん朝が 静かに眠る寺でした。少し横道に逸れますが わが父は殊のほかなる偏屈者 その生涯の大半を 趣味と酒との道楽で母を泣かせて生きました。その父親の残せしは 多岐にわたりし大部の本と山と積まれたSP盤 カビ臭き本に囲まれて 竹針をしこしこ尖らせて わが幼少のその頃は レコード聴いての四畳半 ライブラリーはことのほか あっちこっちと節度なく ベートーベンの第五番 広沢虎造の次郎長や講談・落語でありました。私がもっとも愛せしは圓生・志ん生でありました。おかげをもって今もって火炎太鼓や牡丹灯篭、三枚起請に妾馬 忘れられないものばかり。さて当日の馬生師匠の昼席は 元禄時代に創業の 上野は根岸の「笹乃雪」。 演し物は言はずと知れた円朝の 古典と名高い「文七元結」。洒落た枕のその後に軽妙洒脱な語り口は志ん生、圓生といふよりも 十代目を彷彿させるものでした。腕はたてども博打好き 貧乏左官の長兵衛の 人情話の一席に 一同思わず涙する 馬生師匠渾身の 一席終へたその後の 謎かけ問答の一幕は これを書かずにおかれうか。客席より「WBCとかけて」と謎かければ馬治答へて「お彼岸と解く」。「してその心は」と師匠問へば馬治答へて曰く「線香=先攻もあれば孝行=後攻もあり」と。また客席より「豆腐とかけて」と謎かければ師匠「馬治の着物と私の着物と解く」 馬治「してその心は」と問へば師匠答へて曰く「木綿もあれば絹もある」と。またまた客席より「石寒太とかけて」と謎かければ師匠「太陽とお月さま」してその心はと問われれば「どちらも雲の上」と。見事なり。

旅の終わりは吉原の衣紋坂やら見返り柳 “紫木蓮廓の初買夢の夢” などと戯(ざ)れ詠みてそちらこちらを見回せど 昔の栄華はどこへやら 酒屋うどん屋コンビニの普通の街でありました。廓を後に大門を 出でて柳を見返れば 諸行無常の風の中 揺らす葉もなくしな垂れて ひとり佇んでおりました。 台東根岸の三平堂 子規庵などを訪ひて 小雨催ひの夕暮れを 馬生師匠の軽妙な 都案内うかがいつ 三句吟ぜよとは殺生な、いざ落人の身となりて 西の都を目指しつつ 一同帰途につきました。

ことの終わりに粗忽者 粗忽な謎かけご披露します 「石寒太先生とかけて競馬馬と解く その心は 倉=鞍を付けることも外すこともある」(蛇足;石先生のご本名は『石倉』デス、念のため)

お粗末の一席、これにて御免蒙ります。おあとはよろしいようで。 

             
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