特定作家作品集 本文へジャンプ


寺山 修司

目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹

春の銃声川のはじまり尋めゆきて

ラグビーの頬傷ほてる海見ては

チエホフ忌頬髭おしつけ籠桃抱き

九月の森石打ちて火を創つかな

十五歳抱かれて花粉吹き散らす

文藝は遠し山焼く火に育ち

燃ゆる頬花よりおこす誕生日

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し

人力車他郷の若草つけて帰る

秋の曲梳く髪おのが胸よごす

種まく人おのれはずみて日あたれる

日蝕や兄ともなれず貧血し

林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき

午後二時の玉突きの父の悪霊呼び

表札や滅びいそぎて鰯雲

蝶どこまでもあがり高校生貧し

うつむきて影が髪梳く復活祭

地上とは数ならざるや木の葉髪

土曜日の王国われを刺す蜂いて


母は息もて竈火創るチエホフ忌

朝の麦踏むものすべて地上とし

二階ひゞきやすし桃咲く誕生日

影墜ちて雲雀はあがる詩人の死

色鉛筆を失くしたる子や秋まつり

流すべき流灯われの胸照らす

春星綺羅憧るゝ者けつまづく

大揚羽教師ひとりのときは優し

桃うかぶ暗き桶水父は亡し

夏井戸や故郷の少女は海知らず

癌すすむ父や銅版画の寺院

横顔や北半球に雁を書き

されど逢びき海べの雪に頬摶たせ

わが叔父は木で病む男惜春鳥

暗室より水の音する母の情事

蹴球の彼方の夏の肩を羞じき

愛なき日避雷針見て引返す

母を消す火事の中なる鏡台

裏町よりピアノを運ぶ癌の父

勝ちて獲し少年の桃腐りやすき

鍵穴に密ぬりながら息あらし

みなしごとなるや数理の鷹とばし

母恋し鍛冶屋にあかき鉄仮面

鰐狩りに文法違反の旅に出き

冬髪刈るや庭園論の父いずこ

逃亡や冬の鉛筆折れるまで

老木に斧を打ち込む言魂なり

独裁や糸が髪ひくかぶと虫

眼帯が生み出す性の鴉かな

いもうとを蟹座の星の下に撲つ

大落暉わが愚者の船まなうらに

便所より青空見えて啄木忌

草餅や故郷出し友の噂もなし

北の男はほほえみやすし雁わたる

野茨つむわれが欺せし教師のため

秋の逢びき燭の灯に頬よせて消す

心臓の汽笛まつすぐ北望し

農民史日なたの雲雀巣立ちたる

いまは床屋となりたる友の落葉の詩

同人誌は明日配らむ銀河の冷え

鉛筆で指す海青し卒業歌

沈む陽に顔かくされて秋の人

猫に産ませて見ている女ながれ星

石狩まで幌の灯赤しチエホフ忌

啄木の町は教師が多し桜餅

口開けて虹見る煙突工の友よ

テレビに移る無人飛行機父なき冬

木の葉髪書けば書くほど失えり

冬墓の上にて凧がうらがえし

猟銃音のこだまを胸に書物閉ず

亡き父にとゞく葉書や西行忌